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センター主催講演会

第1回

"Building a Foundation for Excellence: The First-Year Experience in America"
(「卓越性の基盤を構築する―1年次の経験」)

日時2005年2月25日(金)15:00~17:00
会場同志社大学 今出川校地 明徳館1番教室
講師アメリカ 1年次教育政策研究センター所長
Randy L. Swing 博士

講演概要
山田 礼子 教育開発センター副所長
皆様、本日は年度末のお忙しいスケジュールの中、第1回教育開発センター講演会にお運びいただきありがとうございます。本学に2004年4月、教育開発センターが開設され、FD支援部会、導入教育部会、IT活用部会、高大連携部会の4つの部会が設置されました。それぞれの部会の細かい目的は異なる部分もあるのですが、一方では部会それぞれが相互に関連しあいながら、目標とするところは同志社大学の教育改善にあるかと思います。本日の講演は、部会の一つである導入教育部会がコーディネートいたしました。教育開発センター第一回目の講演会になります。導入教育部会長は私ですので、本日の講演会の趣旨について簡単にご説明させていただきます。

導入教育は1年次教育、初年次教育という言い方で、至るところでされておりまして、まだ統一した呼び方は無いかと思います。本学では科目名称としては基礎演習、 First-Year SeminarFirst-Year Experimentと多様ですが、これらを包括的に総称しまして「導入教育」というように呼称させていただいております。導入教育自体、多くの大学が最近では採り入れてまいりまして、大学での教養、専門分野での学習、大学生活全般への円滑な移行を目指して科目を設置する1年次教育と定義づけた方が良いのではないかと思っております。1年次を円滑に移行できれば、その後の学生生活もスムーズに乗り切れるという先行研究、先行成果も多く示されています。しかし一方で、どのような目的や、学生をどのように養成していくか、補習教育との違いは何かという点で統一された見解や理解が完全にされているとは言えない現状にあるかと思います。

導入教育の授業が多くの大学において最近急激に増加している。一つには大学の大衆化、学生文化の変容等様々な要因があります。日本だけではなくイギリス、オーストラリア、アジア諸国の中では韓国においても最近、導入教育を採り入れる大学が増加していると聞いています。しかし、他国に先駆けて導入教育を1年次教育としてカリキュラムの中に設置してきた経験が豊富なのはアメリカの事例であります。アメリカの事例をそのまま日本に移入することには日本の文化的背景、教育システムの違いがありますから、それぞれの大学が自分の大学に合うようなモデルを構築していくことが大切だと思うのですが、こうしたアメリカの経験に学ぶことは大いに意味のあることではないかと思います。

そういう意味でアメリカにおける1年次、初年次教育の第一人者である Randy L. Swing 博士から今回は語っていただくことにいたました。博士はアメリカの南部ご出身で、ノースカロライナ大学シャーロット校で学士号を、その後、ジョージア大学で修士号と高等教育の博士号を取得されています。現在はノースカロライナ州ブリバードにある1年次教育政策研究所所長を務められておられますが、その前はアパラチア州立大学でInstitutional Research、学生評価を含めて機関研究に20年以上携わってこられました。その中で1年次教育の評価という新しい分野を構築された方であります。現在は全米及びイギリスや中近東においても1年次教育の評価について講演、指導されておられ、1年次教育学会の重要な推進者として活躍されている先生でございます。本学にふさわしい導入教育を構築していく上で、参考になるお話を聞ける講演者として大変ふさわしい方を本日お迎えできて、私ども大変うれしく思っております。それでは Randy L. Swing 博士、よろしくお願いいたします。
Randy L. Swing
あたたかい歓迎の言葉をいただきまして誠にありがとうございます。山田先生には大変すばらしいご紹介をいただきまして感謝申し上げます。ぜひとも皆様に知っていただきたいのは、山田先生がすばらしいリーダーシップを発揮されながら、この分野での議論をリードしておられるということでありまして、アメリカにいる者も、よく山田先生のこの1年次教育における研究のリーダーシップについては存じあげております。

本日は皆様にご紹介いただきましたアメリカの1年次セミナーについてお話できることを大変光栄に思います。私自身、高等教育の力が人の人生を変えうると、常に深く考えてきたものでありまして、1年次セミナーは一世代にもわたって、アメリカの若者たちを変えてくる役割を果たしたと考えております。

本日の私の話の中では1年次セミナーの歴史を振り返り、その発展の過程、現状についてお話ししていきたいと思います。これは教育戦略として新入生たちがハイスクールから大学への移行を成功裏に遂げることができるようにする支援のための戦略です。

そこでまずお互いの間で共通言語を確認した上で、お話をしていきたいと思います。このトピックに関してアメリカで、もし講演をする時にも、ここで使うターム、用語についての定義から始めなければならないでしょう。

まず一つ目の用語。フレッシュマンセミナー。新入生に対して提供される大学の科目でありまして、彼らが高校から大学への移行期をスムーズに経験できるように支援するためのものです。この科目は通常、セミナー形式で教えられます。少人数を対象にして25人以下で討議主体のセミナー形式になっております。形式的な形で見てみますと通常の学部生対象にした教育のあり方より、大学院生を対象にして提供されるものに近いと思います。後ほどこういう科目については詳しくお話したいと思いますが、お話ししていく中でご理解いただけるように、かなり内容的には多様になっております。フレッシュマンセミナーという一言で、提供されている一連のコースを説明するのは不十分かと思います。山田先生のご挨拶の中でも包括的な名称を模索しておられるということでした。アメリカでも同じ取り組みが行われています。

そこで次にご紹介するのは、1年次セミナーという表現ですが、内容的にはフレッシュマンセミナーと同じものです。表現としてはよりジェンダーニュートラルな、男女の区別をしない言い方が使われている、包括的な言い方です。即ちアメリカの大学生の大半は今や女子学生でありまして、そんな中でフレッシュマンというマンを含む言葉を使い続けることはどうなのだろうかということで、 First-Year Seminarという言葉が使われることになっているわけです。1987年、最初にこの科目を立ち上げた時には、当時はまだフレッシュマンセミナーという言葉を使っていました。しかし今日、同じコースを行うとするならばその言葉は使いません。私が使う言葉は First-Year Seminarに変わっています。

3つ目の用語として定義したいのは First-Year Experience、1年次の経験というものです。これは概念としてFYEと表現で語られます。この1年次の経験というのは1年目に学生が経験することとなる一連の教育経験を指すものであります。入学願書の提出にはじまり、キャンパスのオリエンテーション、履修指導に始まり、キャリアプランニング、大学院の紹介に至るまでのもの。または1年次の様々なクラス、課外活動に関することすべてを含む経験と言えます。山田先生などが1年次セミナーの開発にこれまで携わってこられたわけですが、その1年次セミナーを当初、皆様はFYEとも呼んでおられたと思います。その頃はそれは混乱をしないようにと申し上げてまいりました。アメリカではその科目そのものをFYEと呼んでおりまして、20年間かけて共通の言語のもとに互いに何を指しているかを理解すべく、これまで取り組んできたところです。ここでFYEのタームを編み出した同僚でもあるジョン・N・ガードナーをご紹介しておきたいと思います。30年前くらいにこの言葉を作ったのが彼でありました。

4つ目の言葉として定義しておきたいのが、retentionという言葉です。アメリカの学生は他の大学への編入が容易にできるような状況になっております。一つ目の大学で履修した単位をそのまま新しい大学に持って行って編入することが容易だということです。その結果、どういう状況になったか。最初に入学した機関で学位を取得するアメリカの学生は半分にも満たないということなんです。1年次の学生で同じ機関に2年次も再登録する学生は、我々の言葉で言うとretainされた、維持されたという表現をされます。このretentionの評価尺度として最もよく使われる二つの尺度は、第一に2年次の再登録をした学生のパーセンテージ。二つ目が最終的に4、5年、6年をかけて卒業する学生のパーセンテージです。そこでこれらの言葉を使いながらアメリカの大学での1年次教育がどのようにこれまで再形成されてきたかということを考えてみたいと思います。

いったい、大学の1年次の目的に関して、いつから考え方が変わり始めたのかを特定するのはなかなか難しいわけです。20世紀初頭での大学での状況を振り返ってみますと、1年次の最終、その修了後に学生たちが大学を離れるというのは、むしろ良い評判につながったという時代がありました。なぜならretentionの率が低いということそれ自体、大学の教育水準が高いことの現れだと受け止められたからです。

かつて大学は十分な学生を確保するという意味では何ら心配することはありませんでした。なぜならば60年代はアメリカでは18歳人口はどんどん急速に増えていました。25歳を過ぎて大学に戻ろうとする成人学生の数も増えていたからです。1980年代頃になりますと、高校新卒の数がどんどん減ってまいりました。ということはアメリカの高等教育機関の収容力が需要を上回る結果となり、その結果、学生を十分に入学させることができない大学は閉鎖に追い込まれるだろうと言われました。多分、この学生が十分集まらず、定員が埋まらないという状況は皆様にとってはよく知られた状況ではないかと推察いたします。

そこで80年代になりますと、大学機関はどういうふうに考えたか。まずは卒業前に大学を離れてしまう、空いてしまった穴を新入生を募集して埋めるというよりは、むしろ1年次から2年次へ学生を維持する方に努力を傾けた方がコスト効果が高いということでした。そういう中で運動の初期の段階に1年次セミナーが積極的に推進されましたのも、機関としての目標として、まず学生の維持を図る、retentionを高めるということが重要だったからです。

したがって1年次セミナーに投資をすることを考えてみますと、その理由として、まず第一に挙げられるのが経済的理由であるわけですが、しかしながらこれらの科目は同時に教員、学生の目標を満たすものでもあったのです。例えば教員にとってみますと、1年次の学生に投資することによって、彼らがその他に提供されている科目に対して、より意欲的に参加しうることをサポートできるのではないか。即ち、より良い読解力、ノートテイキング力、作文能力というスキルを身につけた形で他の科目にも取り組むことができるのではないかと考えられます。またクラスの中でも、より関与、参加の度合いを高めてくるということです。クラスで発言する意欲を、より持つようになり、また批判的に思考するスキルを身につけて参加するということです。また教員との関係を改善する、教員自身が彼らにとってのメンター、指導者であるという関係が築かれます。またカリキュラムの各部分を互いに、どういう形でフィットしていくのかということに対しての理解が増します。また時間管理を、よりうまくできるようになり、特に学業に、より大きな重点をおけるようになります。

もともとアメリカにおきましてもファカルティは1年次セミナーというものを導入することに関してはあまり乗り気ではありませんでした。したがって大学でもそういう科目を立ち上げようとしているところに私はしばしば呼ばれて行って、皆さんとお話しているような内容、いかにこれが価値あるものであるかを説明してまいりました。

初めて私がFaculty Training Programに立ち会った時、こういうコースを教える教員に対するトレーニング・プログラムであるわけですが、その初日に私はあるファカルティに質問をされました。「15週間というけれども、どうやってこんな不十分な内容しかないものを15週間もかけて教えていくのだ。間が持たないではないか」と言われました。しかし1週間かけてトレーニング・プログラムを経たあと、同じファカルティは私にこう言いました。「これだけのことを15週間しかない中で、どうやって教えればいいんだ」ということでした。

また学生自身もスキルを向上させたい、時間管理をよりよくしたいという目的を持っていますので、こういうコースはその目的を達成するためのものでもあります。即ち、アメリカの教育学の様々な文献等を見ましても言われていることですが、こういう項目を見ていきますと、学生自身の学業面での成果とも相関していることがわかります。したがってこれらの点をうまくできれば、学生にとっても良い結果をもたらすだけでなく、我々教育者にとりましても、良い成果を生み出すものであることが文献などでも確認されています。

また学生同士のネットワークも構築されていくという特徴があります。それは単に互いに友人関係を築くということだけではありません。もちろん教員の立場からするならば「友人関係づくりにどうして手を貸さなければいけないのだ」という考え方もあると思います。しかしながら実はそういう関係ができることによって、互いにクラスの中で使っている教材について話をしあい、学習を深めて行くという効果も出ているわけです。

また学生自身が言っているですが、勉強するにしたがって自信がついてくるということでした。システムそのものを彼らは理解するようになり、そのシステムを活用することによって彼らに有利になるということを理解するわけです。即ち各大学で成功していくためには何が必要かということを彼ら自身が知ることになります。

また皆さんにとっても良いニュースだと思いますが、彼らは教員とも積極的に良好な関係を築きたいと思っているわけです。皆さんを彼らの人生の中の重要な人として位置づけ、彼らが勉学を進めていく上で貢献してくれる人と位置づけて重要視しています。

まとめてみますと、こういう科目が発展してきましたのは、それが機関、ファカルティの、また学生の、それぞれの目標を満たす役割を果たしてきたからだと思われます。調査、研究などの結果を見てみますと、参加を積極的にする学生は、大学での経験により満足する傾向があるということです。最終的に彼らが我々教員を好きになってくれるかということが我々にとっての問題ではなく、むしろもっと学業に集中して時間をかけること、他のクラスに進んだ時、そこでの成績があがること、あるいは、より高い水準に到達して卒業していくことを、我々は重要視するわけです。

こういう科目は数多くの革新を、教育及びクラス運営に対してもたらす場とされてきたために、それは単に学生の能力開発だけでなく、Faculty Development のツールとしても見なされてきました。

そこで次に1年次セミナーの様々なバリエーションについてお話してみたいと思います。ここで最初に指摘したいことですが、最初にお話している内容はあくまでもアメリカでの経験です。もちろん同様の経験はオーストラリアにもあり、スコットランドにも、イングランドにも、UAE(アラブ首長国連邦)にもあると思います。そういう各国の状況についても話をすることは可能だと思いますが、しかし皆様にここでお話するからにはアメリカでの経験をご紹介し、そこから皆様にもヒントを得て、学んでいただければと思うだけです。皆さん自身が、日本でこの1年次セミナーをどう提供していくべきかということについて、べき論を語り、皆様にお話するつもりは一切ありません。先程山田先生のご挨拶の中でも、アメリカでのシステムそのものを単に日本に持ってきて、それで良しとすることはできないと言われたのはおっしゃる通りだと思います。日本なりに適用してとらえて提供されることが必要だと思います。

そこで1年次セミナーには様々なバリエーションありますので、その主要な部分をお話していきたいと思います。1年次のコンテキストの中でとらえてお話をいたします。アメリカのほとんどの大学では一連の取り組みが行われていまして、高校から大学への学生の移行を手助けするような取り組みが見られます。

最もよくあるのが大学オリエンテーションと呼ばれるもので、学期開始前に行われるものです。学生にキャンパスを紹介したり、機関のルールを紹介する。教授陣がどのような期待を彼らに持つのかということを紹介するものです。全大学の半数以上では新入生向けに大体2日間のこれらの活動を行っております。1年次セミナーというのはオリエンテーション・プログラムとほぼ同じくらい、よく見られるものです。当センターの最近の調査によりますと、大学の94%において何らかの1年次セミナーが提供されているということです。このことから考えますとアメリカの高等教育の現場で最もよく見られる科目が、この1年次セミナーなのではないかとも思われます。この科目のジャンルそのものは決して目新しいものではありません。1年次セミナーの数は少ないですが、いくつかの事例が、すでに19世紀後半から20世紀前半にかけての大学カタログの中にも見られます。しかしながら1960年代のアメリカの高等教育の急速な拡大の中で、生き残ったものは、そのうちのわすがでしかありませんでした。60年代は多くの機関が大学生の急増に伴う需要を、どう満たしていけばということにおいて苦闘している時期でした。したがって古くから生き残ってきたものは少ないということを考えるならば、ほとんどの1年次セミナーとして今日存在するものの歴史というのは、せいぜい25年前に遡る新しいものであるというわけです。この1年次セミナーというのは企業、政府、教育全般の様々な取り組みのトレンドと、例外なく同じようなトレンドの経過をたどっているもので、この概念が広まっていけばいくほど、各地域ごとに適応したものに変わっていく、もともとのオリジナルの考え方から、だんだん様々な要素を加えていって、多くのバリエーションが生まれるという経緯をたどっています。

こういうセミナーの構造に見られる様々なバリエーションに関しては、1年次セミナーをどうすることがいいのか、どういう形が最善と言えるのかということに関して、もう20年来にわたって議論が行われてきまして、そういうところに焦点を当てて、これまでバリエーションについては語ってまいりました。

そこでまず第一の議論は、これを全学生必修の科目にするか、選択科目にするかという議論です。こういう科目はほとんどのキャンパスで存在するわけですが、その形態もかなり違いますし、新入生の何%くらいが、そこに組み入れられているかというパーセンテージも違います。科目の半分程度は全学生に必修のものとなっております。30%は全学生に対してではないが、特定の集団に対して必修とされている。20%はいかなる学生にとっても選択制となっています。まずセミナーを必修とする考え方は何に基づいているか。学生の中でもあまり学習意欲にないような場合、意思が弱い学生の場合には、あえてセミナーを自発的にとらない可能性があるだろうと。したがって全学生に義務づけ、必修とすることによって、意思の弱い、動機づけのあまりない学生も、それを履修することができるようになるだろうという考え方です。それと逆の考え方としては、決してすべての学生が同じ科目を必要としているわけではないだろうということ。自発的に科目を履修することにした方が教育環境として、よりよいものができあがるだろう。必修科目にした場合、教員の手当を考えますと、コストがかかりすぎるのではないかという議論があります。

次にそれでは時間数の話ですが、一番よくある時間数は週3時間というものが多くなっています。この分布は1時間が40%、2時間が24%、3時間が24%となっています。どれだけトピックをカバーできるか。どさだけ深くトピックをカバーできるかということは直接的にその科目に割り振られているクラス時間によって反映されるものです。3時間のクラスは、クラスでの時間を、より増やすことで、より多くのトピックをカバーでき、またより大きな学習成果を生み出す傾向が見られます。1年次セミナーを週3時間未満で提供する意思決定は何に基づいてなされるか。財政的な考えが、そこに反映されていると思います。教育というものより、財政的な判断があるということです。1年次セミナーを提供する際の一番大きな支出項目は教員の時間にかかるコストということです。教員の時間をより少なく費やすということは科目あたりの機関が支払うコストを下げることにつながるわけです。

次のバリエーションは採点の有無です。多くの大学ではA〜Fまでの5段階評価方式を採用しているところが多いわけですが、中には2段階の評価方式で、合格、不合格、Pass Fail 、Satisfactory、Unsatisfactoryのレベルでの合格か、不合格という2段階のレベルを採用しているところもあります。この点が10年くらいの間で変わってきたところではないかと思います。10年前には科目のコースの半分くらいがS、Uの2段階の評価方式で採点してきました。2段階評価方式を好む人たちの議論としては「従来型の評価方式はあまりにも制限的であって、不必要な競争を学生間に生み出すものである」という考え方がありました。従来型の評価方式を好む人たちは「きっちりと成績をつけるということは学生が成績を向上させる動機づけともなり、このセミナーが他の科目と同じくらい価値あるものだということを知らせるシグナルでもある」という主張をしたわけです。

もう一つバリエーションがあります。学部生を1年生の支援のために活用するというものです。キャンパスの85%で学部生を使ってチュータリングをしております。48の大学では学部生を1年次セミナーのTeaching Assistantとして活用しています。25の大学では学部生をアドハイスを与える役割として活用しています。学部生をこれらのコースのアシスタントとして使うことはアメリカではよく見られるという点と、それは効果を上げているということです。

次に中身ですが、4種類挙げることができます。

第一が移行期をテーマとした1年次セミナーというものです。拡大オリエンテーション、スタディスキル、移行期を管理するものと呼ばれています。これらのコースの中心的なテーマは高校から大学への移行期というものであります。その中で含まれるのは大学レベルで必要とされるスキルに関する指導、キャンパスの政策、サービスに関する話、人が変化にどう対応していくかを理解させる内容であったり、新しい環境の中で自らをいかに確立させていくのかという内容です。

次に挙げるのが特別な学問的なテーマを中心としたセミナーです。これは学際的な1年次セミナーとも呼べるかと思います。このコースは中心的なトピックとしては高校から大学への移行期以外のものを中心とした内容になります。しばしばこれらのトピックは従来の分野の境界線を超えて行われるものであり、学生たちは学際的な指定からトピックを勉強するように奨励されます。ここで重点とされるのは重要な学問的なトピックでありますが、それをベースとして大学のレベルで学んでいくということであります。そこで教員はクラスの中では一人のモデル学習者の役割を果たすことになります。学生たちに対して教養ある人間はいかに知識を活用し、与えられた資源から、どう意味を構築し、見いだしていくかという模範的な学習者としての役割を教員が果たすということになります。先程、私は日本ではこうしなさいということを話をしにきたわけではないと申し上げましたが、そうはいいながらも、私はこのモデルがとても気に入っています。

次のタイプは分野別の1年次セミナーということで、特定の分野を学生に紹介する役割を果たします。アメリカでこれが最も人気になっているのが、工学、経営、看護学の3つです。

4つ目のタイプ。これは補習教育的な1年次セミナーと呼ばれるものです。これがしばしば見られるの自由入学生の2年生の機関でありまして、あまり学習レベルの高くない学生に対して提供されます。

アメリカでは長年にわたって1時間がいいか、2時間がいいか、3時間がいいかという時間数の問題、成績はどう評価するかという問題、または中身、テーマについて構造的な観点から議論を多く行ってきましたが、最終的に見てみると重要なのは構造ではないのだということがわかってきました。わかったことは学生の学習成果を予測する最大の予測因子はそのコースの形式ではなく、クラスの中で何が起こるのかということの結果であるということでした。私どもが編み出した調査方法によって調査してみて一連の質問をEngaging Pedagogyという、学生の関与、参加を促す教授法と名付けている発想のもとに質問してみたところ、教員がクラスの中をどう運営しているのかということこそ、学習成果を予測する最善の予測因子ではないかと思われました。例えば、1年次セミナーを終えた学生に次のような質問をしてみました。「そのコースの教授法はバラエティに富んでいたか」という質問。「今あるクラス内での討議があったかどうか」「考えさせるような課題は与えられたかどうか」「クラスでの時間を生産的に活用したかどうか」「発言を奨励するようなことがあったかどうか」「クラスで与えられた課題に対して学生同士の共同作業を奨励するようなことがあったかどうか」「有意義な宿題が出たかどうか」。調査結果として分かったことは、時間数、成績評価のあり方という構造の問題と、Engaging Pedagogy、学生の関与を促すような教授法の間に密接な結びつきはあったものの、しかし相関関係は完璧ではないということがわかりました。一例ですが、平均で言うと、1時間のコースは3時間のコースに比べるとEngaging Pedagogyはスコアは低くなっています。もちろんこういう目標を立てて実践に移す際には時間数は多ければ多い方が良いと考えられるのではないでしょうか。ここで意外であったのは、中には3時間のクラスでもEngaging Pedagogyのレベルが低いものもあれば、1時間のクラスがそのレベルが高いという予期せぬ形で見られたということでした。どうしてそのような違いが出てきたかと言いますと、中にはスキルの高い教授がいて、1時間のコースでも予想を上回るような良いパフォーマスンを見せることができたということでありました。したがって何が最もいい構造なのかということではなく、アメリカで今、議論されているのは教員がそのコースをどのように運営しているということ、この方がもっと重要なのだということです。

それでは従来型の1年次セミナーではどのようなものを実際に使って教えていくのかとういことをお話していきたいと思います。

まず第一に、キャンパスでのルール、方針、サービスを学ぶことによってキャンパスにおいて学生に何が提供されているのかということを学ばせます。

また人間の記憶力を勉強することによって、それを自らの学業に役立てることもできます。

学生は場合によっては小説、伝記を読まされることもあります。どういう内容かと言いますと、登場人物が人生の転機をどう乗り切ったか、どういう経験をしたかということを中心とした内容になっています。

作文、ものをきちっと書くというスキルを上げるためのクラスもあります。本格的な論文を書かせたり、小論文的なものを書かせたり、とにかくものをきちっとん書けるよにうするという目標を掲げて取り組ませます。

また自らの健康に関して考えさせる内容もあります。たとえば睡眠不足になってしまった場合、お酒を飲みすぎてしまった場合には、それが学業にどのような影響を及ぼすかという内容です。

例えば、演奏会に一緒に行ったり、演劇を見に行ったりということで様々な課外での活動に参加することを要求される場合もあります。しばしばそういう経験をベースにして彼らは論文を書かされます。

また学生は個々に教員とアポイントをとって自らのキャリアの目標に関して話をしたり、クラス全体としてアメリカではしばしばありますが、教授のお宅にお邪魔してディナーをいただくということもあります。

コースの中身をきちっと伝える意味でのアシスタントとして現役の学部生を活用し、彼らをTeaching Assistantとしてあたらせることも行われています。

それではこれらの1年次セミナーが成功したかどうかということを、どのようにして判断するのでしょうか。1年次セミナーの成果の評価は、これらのコースがおく目標と同じくらい、多様なものになっています。

ほとんどのセミナーでは2年次にまた再登録する学生のパーセンテージが増えることを期待しております。中には1年次における平均成績に対する影響ということをベースにして評価する動きもあります。そのセミナーに登録した学生の全体のGPAが統計的に0.5ポイント上がるということも決して稀なことではありません。またどれだけ学生が批判的な思考、ライティングスキル、図書館の利用、その他の大学で必要とされるスキルにおいて改善したかとうことをベースにして評価される場合もあります。

最後にこれらのコースをより大きな視点からとらえてまとめたいと思います。

先程言いましたように1年次セミナーというのは1年次の経験全体の中の一部でしかありません。私どものセンターでは1年次における経験に関してモデルをつくりました。これはFoundation of Excellence、1年次における卓越性の基礎と名付けられたモデルです。

この2、3年の間、実は全米各地の235の大学の支援をいただきまして、我々は1年次における我々としは意図的に水準を高くしたモデルを開発しました。そこで我々が期待していましたのは、1年次のすべての側面をその中に盛り込むことによって、全体論的な観点から新入生の学習をいかに改善し、彼らが大学で成功する支援をすることができるかという視点から考えたものであります。

このFoundation of Excellenceのモデルに関して、要点だけお話したいと思います。

まず第一の目標として1年次において皆さんは学生たちにどういう経験をしてほしいと思っていらっしゃるのかということに基づくものです。多分、ほとんどの大学においては卒業生たちが卒業した後にどういうことをしてほしいかということに関してはある程度はっきりしたビジョン持っていると思います。しかし1年次を経た後の2年次、3年次、卒業に至るまでの段階でどうあってほしいのかということについて考えている大学は少ないと思います。したがって第一の目標は1年次において何を達成したいかとういことをはっきりさせることです。もしそのことさえはっきりしているならば、1年次セミナーをどう構築すれば良いかということは、皆さんの頭の中にはっきりしていると言って良いと思います。

2つ目のステップはキャンパス自身が、すでにうまくやっていることは何かを特定して把握する。皆さんが成功しているところを、さらに支援していくための努力を続けるということです。変化を期待するがために、すでにうまくいっていることまでだめにしてしまってはならないということです。

3番目の分野としては、改善を必要としている分野を具体的に改善していくためのプランを作成するということです。

まとめたいと思います。1年次というのは1年次セミナーにきちっと根ざすものとしてとらえられています。これらのコースが1年次に焦点を当てているのは、それが大学での経験の中で重要な位置を占めるからです。そしてこれらのコースはアメリカの高等教育の持つ歴史的な使命を、これまでサポートしてきたと言えます。高等教育の恩恵を受けうるものに対してはすべての人に対してアクセスを提供する。学生の中には当初は大学で勉強することを大きな挑戦としてとらえざるをえず、当初は苦しむかもしれない学生をも含めてということです。

高校のレベルでいかに高等教育に進む学生の準備をよりよく進めることができたとしても、しかしながらそれは十分ではありません。大学への移行は人生の他の転機と同じように学生にとっては課題との挑戦の多い時期であるわけです。移行期はまさに教える側からするならば、教えることができる瞬間であるととらえることもできるわけです。学生自身が自らを振り返ると同時に、指導者の助言を受けて考えていく、そうすることによって前向きに自らの人生を変えていくことができるようになるわけです。

私にとりましても、1年次の学生を教えている、その他の何千人もの教育者もそうですが、我々が1年次の彼らのために、重要な転換期を経ている彼らのために、ガイドとして、コーチとして、メンターとして、教員としての役割を果たす機会を与えられるということこそ、私たちにとっては大きな栄誉であり、大きな責任であるとも考えております

1年次セミナーを始められようとする皆様のご努力を、心より称賛いたします。ご静聴ありがとうございました。