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センター主催講演会

第2回

The Expanding Role of College Student Surveys and Institutional Research (IR) in U. S. Higher Education"
(「米国の学生調査とIRの役割」)

日時2005年9月27日(火)12:30~14:30
会場今出川キャンパス 至誠館2番教室
講師インディアナ大学中等後教育研究センター副所長
Jillian L. Kinzie 博士
講演要旨
山田礼子 教育開発センター副所長
本学の教育開発センターが2004年4月に設置され、今年は2年目になります。その間、皆様方のご支援を受けて、いろんなことに取り組んでまいりました。その成果も各部会であげてきております。導入教育部会は昨年は1年次教育を大学全体に広げていくという大きな目的を持って活動してまいりました。第一回目はアメリカから1年次教育の専門家であるSwing先生をお呼びいたしました。その一環として同志社モデルの導入教育を設置するために学生のプロフィールを把握するということで、2004年度生全員を対象としてキャンパスライフ・アンケート調査を実施しております。この目的は大学生のプロフィールを把握して同志社大学に合う導入教育をつくることが究極の問題ですが、今回はこうした学生調査をどのように使うか、その使うセクションがどのように機能していくかについてお話をしていただくため、インディアナ大学ブルーミントン校中等後教育センターのJillian L. Kinzie博士をお呼びいたしました。

IRはInstitutional Research 、機関研究ですが、いろんな機能を担っております。導入教育のための資料をつくる、戦略的計画を策定する、学生調査を実施し、分析し、教育改善のための資料をつくる。科学的管理に基づいた新しい大学のマネジメントになります。IRはまだ日本では馴染みはございませんが、2004年度以降、国立大学が法人化され、情報解析室をつくりながら情報をどう一元化し、教育のために使っていくかということで動いております。今後はIRが重要な役割を果たしていくと思われますので、この時期に専門家であるKinzie博士をお迎えしたことは大変喜ばしいことと思います。

Kinzie先生は、クリーブランド州立大学心理学をご卒業後、同大学で高等教育の修士を修了され、インディアナ大学ブルーミントン校の教育学大学院でPh.D.を取られています。その後、インディアナ大学ブルーミントン校中等後教育センターの中で、全米でも広く普及している学生調査の運営から解析分析にあたりながら、他の大学の教育改善のためにも使っておられます。今日はそういう先生をお迎えいたしまして、新しいIRという機能についてお話していただくことは同志社大学にとっても今後のあり方に大変役立つことになるかと思います。それではよろしくお願いいたします。
"Jillian L. Kinzie"
このたびは日本にご招待いただきまして誠にありがとうございます。またこちらでお話させていただく機会をいただきましたことを大変光栄に思っております。インディアナ大学ブルーミントンよりまいりました。私は現在、同大学の中等後教育研究センターで仕事をしていますが、今回、その経験を皆様とともに共有できることを、とてもうれしく思うと同時に、皆さん自身が教育、研究、学習、assessmentに関して関心をお持ちであると思いますので、皆さんのお考えからも学びたいと思っております。具体的には学生調査、IRという点に関して我々がどのような形でそれを推進してきたかについて皆さんとともに考えていくことを楽しみにしております。

これまで私は幸運にもインディアナ大学の中等後教育研究センターの同僚とともに3年間、仕事をしてまいりました。その中で学生調査にも何回か取り組んでまいりました。学生の質を評価するにあたって、定量的、定性的な研究プロジェクトを推進しながら、学生が大学で成功をおさめる条件は何かについて理解を進めてきました。それ以前に私は長年にわたりましてfacultyのメンバーとして、また教務課、学生課のadministrationにも自らかかわる機会もありました。現在ではfaculty 、staff、学生とともに限られた大学ではなく、何百という大学を相手に間接的に調査や研究プロジェクトを中心にかかわるようになり、直接的には学部教育をどうすれば、より効果的に改善することができるかということを考える意味で、事務職員の人とともに、facultyとともに、これまで一緒にやってきたところであります。

そこで学生調査、IRの役割がどのような形で拡大してきたかということを理解するために背景から説明したいと思います。accountability(説明責任)はアメリカの高等教システムの中でもよく使われる言葉になっています。一般論としては大学が自らの財源を効率的、効果的に使っていくことを意味するわけでもありますし、最も妥当なコストで最善の教育を施すために、いかにお金をうまく使うかということにもつながっているわけです。しかし非営利の教育機関のためにはaccountabilityは、これまで共鳴を呼んでこなかったことがあります。大学は従来、accountabilityとか、ボトムラインで利益はいくらかということについては営利の企業ほどは考えてこなかったことが言えると思います。実はアメリカの大学がよく批判されるのは「大学は毎年、お金を使っている割に、はっきり説明責任をもって使っていないのではないか。にもかかわらず次の年になるともっとお金を使うとはどういうことなのだ」と言って批判されているわけです。ここで著名な高等教育の学者でありますHoward Bowenなども辛口の批評をしておりますが、「大学というのはできるだけ多くのお金を調達して、全部使ってしまうところである」と言っています。

確かに財政的な意味での説明責任は高等教育にとって重要でありますが、現在、連邦政府、州政府の財政難を受けて、ますますそれが重要視されるようになってきていると思います。この説明責任が、財政的におけるものよりも、さらに近年、重要視されてきたのがパフォーマンスにおけるaccountabilityという考え方です。そこで今日、お話するようなトピックスが重要になってくると思います。学生調査の普及とともに教育の効果というものが評価されるようになっている。それをもとにしてどう改善を進めていけば良いかという指針が出てきている。またIRの機能も機関のパフォーマンスを監査する機能を持つようになってきます。

最も基礎のレベルにおけるIRの目指す目標の一つは「いかにお金をうまく使っているかということを把握する」ところにあります。そのためには財政的なデータをパフォーマンスの情報と組み合わせていくということが重要になるわけです。高等教育機関はこれまで典型的には学生単位時間あたりのコストとか、学生単位時間あたりの建物、教室の平米数とか、平方フィート数、フルタイム同等学生あたりの教員数という形の尺度で計ってきました。こういうタイプの尺度は公立の大学においては高等教育におけるaccountabilityの考え方を推進するのに役立ってきました。

アメリカの地方機関による機関認定というのは、accountability尺度の最も重要なものとして、これまで見続けられてきました。かなりのデータが収集され、報告される形で地方の認定報告書が出されます。これは5年ごと、10年ごとに出されます。そして地方ベースの認定基準、各分野ごとの認定基準の中で、学生がどれほどうまく学習しているか、どれほど効果的に教えることができているかという尺度が、より多く盛り込まれるようになってきています。

1980年代を通して、成果に関するaccountabilityという新しい考え方が、アメリカの公立高等教育機関で生まれるようになりました。全米高等教育経営システムセンター所長であるPeter Ewellによりますと、それ以前は高等教育におけるaccountabilityのシステムは、概ね公的資金が適切に使われているかどうか、それによって高等教育に恩恵が生まれていて平等な形で分配されているかどうかを確認する意味で語られていたということです。

そして次に出てきた考え方として、成果に対するaccountabilityは、財政的なaccountabilityに対比されるわけですが、これが比較的新しいアイディアとして導入されてきました。即ち幼稚園から中等教育修了までの学校システムがうまくいっていないという認識のもと、そこでの考え方が高等教育にも政治的な意味で持ち込まれるようになってきたということです。そこで高等教育の場で公的な投資がなされている限り、それを使って州の経済、労働力の開発に、それがどれだけ貢献しているかという考え方が出てきました。そこで教育の成果として関心を集めるようになったのは「投資収益率」としてとらえた場合、教育の成果はどういうものであるか。どういう形で計るか。学業を修了した段階で、卒業した時に、どれだけどのような職種にその人たちが就いているか。自分たちが身につけたと考えている、彼らが考えている知識、スキルのレベル、種類はどういうものか。大学で勉強したことによって市民社会にどれだけ彼らが役に立つようなことができるようになっているかという考え方が出てきました。ここで高等教育の果たす役割の力点は、高度な熟練した労働力を、いかに、より多く輩出するのかということにもかかっているという考え方です。

過去20年にわたり、accountabilityの概念はさらにassessmentにも重点をおくようになってきました。assessmentはアメリカの高等教育の現場では当初から存在してた考え方ですが、accountabilityに関する運動が高まる中で、evidenceを使ってパフォーマンスを実証しなければいけないという考えが、他に移ってきました。Dary Erwinによりますと、彼はこう言います。「assessmentというプロセスは情報を定義し、選びだし、そして設計し、収集し、分析し、解釈し、それを使用することにおいて学生の学習と発達を助けるものである」「assessmentは単に学生が、あるコンセプトをどれだけ習熟したかという一回限りの調査によって成り立つものではなく、パフォーマンスに関するevidenceを集めるための包括的なプランを意味するのであり、そしてそれを改善の取り組みにどうフィードバックしていけるかという考え方である」と言っています。

このaccountabilityとassessmentの運動は、さらに大学の質に関する深刻な問題を提起しました。アメリカの高等教育コミュニティはそれまで正確な形で学部教育が目指す形を定義したこともなく、また体系的な形でキャンパスで達成される業績について評価する方法を開発していたわけでもありませんでした。したがって機関の質という考え方は主に機関の卓越性を示す、財源の評判のモデルに基づいていたと言えます。大学の質、公立であろうと、私立であろうと、キャンパスの持つ資源の量に依存していたと考えられていたと同時に、入学してくる学生の質に基づいて計られ、faculty の研究がどれだけの評価を得ているかに基づいて考えられるものとされてきました。このモデルは言わばリソース側のインプットとして、資金とか学生、facultyにだけ基づいたものでありまして、決して学生に対して、州に対して、地域社会に対して、大学が質的、量的な意味で、どういうものをサービスとして提供しているかに関しては一切語っていないモデルでありました。

著名な高等教育の学者であるAlexander Astin(UCLA)、Peter Ewellも含めて、このformula に対して異論を唱えました。それに代わるものとして彼らが提唱したのは「付加価値コンセプト」というものです。そこで力点がおかれたのは、学生が入学してから卒業するまでの認知面での発達、情動的な発達でありました。Ewellは高等教育に対する姿勢の変化に気づきました。そして大学におけるアウトカムを評価する重要性が高まってきていることを悟りました。そこで彼は、この機関に対する資源、財源というものが厳しくなっている中で、すべてのレベルにおける大学のadministrator(管理者)は学生に対して自分たちが実施しているプログラムがどのような影響を持つか、それをいかに改善していくことができるかに、ますます関心を持つようになってきた。同じような力が大学に対してより大きなaccountabilityを求めるところにも働いてきています。より多くの機関ははっきりと問い掛けをされている、懐疑的な意味も含めて。「どうすれば機関は他と違いを出せるかを問われているのだ」と彼は言っています。

1980年代後半にアメリカでassessment運動が始まり、それによって大学は卒業生が持っていてほしい知識、スキルがどういうものであるかを自ら特定し、それらの目標を達成できるべく、それらを反映した指標をつくることが求められました。さらには達成程度がどの程度かを評価し、その結果を用いて、さらに機関のパフォーマンスを上げていくような時代に入っていきました。多くの州はassessment政策を要求し、6つの地方の認定機関は、すべて学生のアウトカム、どれだけの成果が学生においてあったかの評価を要件とするようになりました。これらの認定機関が、このような重点の置き換えをしたこと、入学時点の点数、大学の図書館蔵書数、facultyの資格またはキャンパスのgovernanceのプロセスというインプットから、むしろ学生がどれだけ学んだかということに対するアウトカムに評価の軸足を移すようになったというのが、この時代であります。1995年にElaine EL-Khawasは『Campus Trends』という雑誌の中で、大学の94%はその時点で、何らかのassessment活動を持っていたとしています。

assessmentは確かに大学に幅広く採用されるようになりましたが、その効果は期待されるほど深いところまでは見られません。外部に対するaccountabilityと、機関自身の改善という二つの目標があり、多くのキャンパスではそれを重視し、機関の改善につなげていく努力をしているわけですが、しかし改善された成果を外部に示すという意味でのaccountabilityの要求は、それに沿うような結果を機関は出してこれなかったという現実もあります。多くのキャンパスではassessmentらしきものはやっていると、自分たちは主張するわけですが、しかし多くのキャンパスを見てみると、特に大きな大学においてはassessmentを、良くて追加の活動ととられる、悪ければ事務負担の増大ととらえているということです。

assessment運動はaccountabilityの必要条件をすべて満たすことには至っていないかもしれません。しかしながらそうは言っても多くの機関がデータを収集することに関心を持ち、それを用いて機関の改善努力につなげていこうとしています。アメリカの機関の評価において求められているのは多面的なassessmentプログラムの開発というものです。機関自身は確かに実質的な意味での方法論的な裁量は与えられていますが、しかしほとんどの場合、assessmentの要求に対応するやり方として大学で採用されているのは「学生調査」であり「同窓生調査」と呼ばれるものです。大学での学生調査は教育の効果を評価するものであり、機関のパフォーマンスを改善するものとして、最もよく使われるaccountability対応のツールとされていると思います。現実論としてはこういう調査は今日の高等教育機関においては必要条件とされていると言っていいと思います。

アメリカにおけるassessment手段としての調査の魅力というのは、いくつかの理由があると思います。まず第一に「アメリカのポピュリスト的な政治文化の産物である」と言うことができるでしょう。調査に基づく情報というのは、そのような文化の中で信用できると見なされるわけです。世論の意見を聴く。高等教育機関にいる人間とすれば学生、faculty、staff、同窓生になるわけですが、そういう人たちから情報を得ることは高等教育の質についての重要な情報という位置づけになります。第二点は、この調査手段のさまざまなツールのマーケットが拡大しているということで、今ではいろいろな、いいツールを使うことができるようになっています。第三点は、コンピュータ、インターネットベースの技術が調査データを集めやすくし、分析しやすくし、報告しやすくしている。調査の魅力の最も重要な理由は、assessmentの取り組みの当初からもそうだったと思いますが、調査というものが学生の学習のアウトカム、成果に迅速に役に立つ情報を集める手段であるという意味づけがあると思います。

高等教育で使われる多くの調査というのはプロセスと同時に成果物、両方を尺度として対象とします。学生の学習の間接的な尺度と直接的な尺度の両方を意味するわけです。多くの州ではassessmentを義務づけているわけですが、それによって公的な機関は学習における明示的な目標を確立し、そしてその達成度合いを体系的にevidenceとして収集することが要求されています。

いわゆる学生の学習のプロセスを尺度とするプロセス指標、学生の行動、学習活動の中で出てくるさまざまな尺度、これは学生の学習を評価するための役に立つと言えるわけですが、しかしこういうプロセス尺度、自分たちがどれだけ学んで得たかという自己報告というものは機関のパフォーマンスにおける「ソフト尺度」と呼ばれています。それに対する「ハード尺度」としてはテストの点数、その他直接的な学生の学業成績を計る尺度があるわけです。どちらかと言うと直接的な尺度が好まれる傾向があり、それは初等教育、中等教育におけるaccountabilityの尺度としてテストのスコアが重要視されてきた流れの中にあると思います。しかしその原因は何であれ、州政府、認定機関がともにaccountabilityの要件として、学生の学業成績、達成度を計る意味で、直接的な尺度をgolden standardとして機関の効果を計る際に考えてきたということはあると言えます。

内部、外部において、ともにaccountabilityを評価する最も価値ある方法としてとらえられているのが「比較」という手法です。そこでなされる問題提起は、我々は最も近い競合、同等の機関に比較してどういう水準であるかということです。それが効果を計る重要な指標とされます。bench-markingは高等教育機関においても、ますます人気が出てきておりまして、標準化された特定の基準、規範を参照とするbench-markingも重要視されますが、調査のデータはまた特定の予め決められたスタンダードに対して改善の程度を計るというcriterionにおいて言及したbench-markingにも使われております。

 連邦がスポンサーするような一連の研究において、全国ベースでのassessmentの設計が目指された時、そこでわかったことは、直接的な尺度を開発するには実質的な相当なコストがかかるということでした。そこで教育におけるbest practices、わかっているbest practicesを調査するというような代替策が提案されるようになりました。

間接的な調査ベースのevidenceを使用するという考え方、それが重要視されてきたのが1990年代後半のことでした。その時に生まれたのがNSSE(the National Survey of Student Engagement)というものでした。私もそこで仕事をするようになりまして3年間になりますので、今日の話の中でもこの調査について触れていくことになるかと思いますが、そのツールはどういうものであるかを説明すると同時にアメリカにおける学生調査の果たす役割についてもお話をしたいと思います。NSSEのこれまでの進化の過程は1999年にパイロット段階でスタートしまして現在では大規模な全国ベースの年間調査となっています。これを見ますとアメリカにおける調査研究の技術がいかに生み出され、それによって大学がいかに恩恵を受けてきたかを理解することができます。

こういう調査を通じて間接的、直接的な尺度を評価するというのが現在は高等教育のプランニングにおいて、ありとあらゆる側面において活用されている手法です。学生のリクルート、入学してくる学生たちの特徴を掴むことから、学生の満足度を評価すること、大学での経験を評価すること、またはどれだけの学生を維持できているか。卒業の成果、同窓生の満足度を分析するところまで使われています。外部評価の需要も増えてきておりまして、質の高い調査データをますます要求するような時代になってきています。アメリカの州議会の中にはMarylandやTennesseeがそうですが、こういう調査の結果を使って州立大学のパフォーマンス指標の根拠としています。その際にはMaryland州は同窓生の満足度と実際の資金の助成を結び付けて考えている。Tennessee州は学生がどれだけ参加を意欲的にしているか、学習指標とfundingを結びつけているところもあります。ほとんどの機関はこういう包括的なアプローチをとりながら、教育の効果のevidenceを構築しているわけです。その際には学生の学習を計る尺度として間接的なものと直接的なものを両方を使いながらやっていることから内部、外部両方でのassessment、計画の意味でもますます質の高い調査データが求められているということです。

一連の調査というものがこれまで発達してきましたが、特に過去10年間を振り返りますとインターネットベースのツールがますます調査のデータ収集を容易にしてきています。今日、アメリカで使うことができる調査に関してざっとお話をしていきたいと思います。時系列的な形でお話をしていきます。新入生に対する調査から同窓生に対して行われる経時的な調査についてお話していきます。こういう調査に関する情報の良いソースとしてあげることができるのは、Mental Measurements YearbookというものとかTests in Printがあります。その他に個々のテスト会社が提供しているものもあります。

たとえばUCLAのHigher Education Research Institute (HERI)、ここはCooperative Institutional Research Program(CIRP)のフレッシュマン調査を35年以上に渡って行ってきています。その結果、毎年、National Reportが成果物として出されるわけですが、いつもマスコミの注目を集めるものであります。なぜならばそこで新入生の態度、期待するところ、経験を把握する指標として受け止められているからです。facultyもそれを学生のトレンドを把握するために活用するという状況です。

現在、私は同僚とともにインディアナ大学中等後教育研究センターで現在、新入生の学生を対象にする調査の設計に取りかかっているところです。これは略称BCSSE(the Beginning College Student Survey of Student Engagement)と呼ばれています。この調査はNSSEの姉妹版のようなものですが、今はまだパイロット段階にあります。これが尺度として評価するのは、学生たちの初年次における学業、新入生のハイスクールにおける学業、課外活動について評価するものです。またこれらの学生が大学でそれに関連する教育的に意味する活動に参加する際に何を重要視するかを把握するものです。BCSSEの成果を見ることによってfaculty、staffは彼らが大学に入ってくる前にどのような行動パターンを持っていたのかということを理解することもできます。彼らが卒業するためにどういう活動に従事してくか。それに影響を及ぼすような要素について把握することができます。たとえばパイロットのもとでは学生が大学に対してどのような期待を持って、これからやっていこうとしているのか。大学在学中にどういう教育関連活動に実際に参加していくかということを、ある程度把握することが可能になります。

そしてこういう調査をすることによって何がわかるか。当初入学時点では約5分の3の学生が予習に週15時間、それ以上かけるだろうと回答していたにもかかわらず、実際に蓋をあけると彼らの初年度における予習に使う時間というのはもっと少ないことが多く、実際に15時間という時間を達成したのは5分の2の学生だけだったことがわかります。こうした情報を事前に得ておきますと、実際に彼らの期待と現実のミスマッチ、ギャップを評価することができるようになり、こういう情報をもとにして入学前のオリエンテーションを設計することもできます。学生の在学中における学業への取り組みを強化する手段ともなります。

HERIのCollege Student Survey(CSS)とインディアナ大学のCSEQというのは比較的長く行われている、学部生の大学での経験を対象にした評価であります。これはフレッシュマン調査へのフォローアップですが、CSSの場合は大学でのさまざまな経験に基づいて学生の満足度に重点をおいて調査をしています。CSEQの方も満足度指数は盛り込んでいますが、こちらの調査は彼らの学習経験というところに軸足をおいています。CSEQは学生が基本的に大学での活動、経験に積極的に自ら関与した時に最も学習が進むという基本的な原理に基づいて行われております。

1990年代後半に高等教育における質というものが深刻に問題視されるようになりました。それがNSSEの開発につながっていったわけです。NSSEはassessment関係のリーダー的な学者のパネルによって生み出されたもので学部教育の質を計るモデルとされました。NSSEは特定のタイプのプログラムに重点をおいて、学生の行動に重点をおいて調査を行うものであり、これは学部レベルでの学習におけるbest practicesとされるものをさまざまな高等教育の文献から選びだして編み出したものです。NSSEについてはこれからも触れていきます。

まず新入生調査ですが、これは学生の経験の中でも態度、行動の側面に重点をおいて調査するものです。いくつもの大学のfacultyは現在、いくつかある評価手段の中の一つを使って学生が特定の分野、一般教育の中からどのような学習面での成果を生んでいるかを把握しています。ACTの場合には、CAAP(College Assessment of Academic Proficiency)というものがありますが、これは一連のモジュールから成り立っており、学生の学力、writing 、reading 、数学、科学的な推論、批判的な思考という面で評価するというものです。

また卒業生も重要な情報を提供してくれます。大学での彼らの経験に関して、です。卒業後の目標達成のために大学での生活がいかに役立ったかについて情報を提供してくれます。こういう卒業生を調査することはほとんどの大手大学においてはよくやられていることでありますが、より小さな独立系の大学もまた同窓生とのコンタクトは常に密にとっていく傾向があります。ただしこの場合には評価というよりは、募金等の活動が主になっているかと思います。The Comprehensive Alumni Assessment Survey(CAAS)というものが全米高等教育システムセンターによってつくられていますが、この目的のために使われているものです。

また機関の質を評価する他のいくつかの手段としては、facultyその他の人たちの意見を聴くタイプのものもあります。キャンパスにおける生活、仕事、学習の環境全般について聴くもので、HERIのfaculty Surveyは大学のfacultyの意見、姿勢というものを聴き出しながら、彼らが職場についてどう感じているかを把握するものです。

私のところの中等後教育研究センターにおきましてもNSSEを補足するような形で、FSSE(Faculty Survey of Student Engagement)をつくっております。これによってfacultyが設定する優先順位、学生の参加の度合いを高めていくためにどういうことが期待されているかを把握していくものですが、FSSEでわかったことは何か。facultyの期待するところ、授業のアプローチの仕方、学生の参加度というものの間には密接な関係があるということでした。たとえばfacultyが、より頻繁に積極的に学生と共同的な作業を行うという活動を中心に繰り広げていく機関の場合は平均的に言って他の機関のfaculty に比べますと、学生自身が自分たちが積極的にその活動に参加できているという感触を持つという結果が出てきています。

そこでもう少しアメリカで広く使われている学生調査を深く見ていきたいと思います。2000年以降、約90万人の学部生、1,000ほどの大学の学生になりますが、この人たちがNSSEの調査に回答を寄せてくれました。アメリカにおいては1,000は学士号付与機関の3分の1を占める数になっています。

当初からNSSEは二つの目標を持っていました。第一に妥当な信頼できる情報を提供する権威あるソースになりたいということ。学部教育に関して質の高い情報を提供し、学生の行動を評価する尺度を提供し、そして学生の学習、大学での成功に関連する機関としての行動は何かということを把握すること。これが第一の目標。第二として機関が実際に学生がどれだけ積極的に参加、取り組みをしているかという結果を見て、それを利用しながら学生の経験、教育面での効果を改善するためにそれを使ってほしいということでした。

NSSEの強みの一つは設問が直接的に大学での学生の学習、発達の研究基盤に則って作成されているところにあります。大学での学生の発達の研究に関しては膨大な資料があるわけですが、それを見ますと学生自身が教育的な意味のある活動に対して費やしている時間とエネルギーというのが、彼らがいかに学習をうまくし、個人としての発達につなげていくことができるかを予測する最善の因子であるということがわかっております。学生が大学にいる間、何をするのかということが、より良い成果を生むためには重要なことであって、彼らがどういう人物であるか、どこの大学に行くかということよりも大学で実際に何をするかが重要であるということがわかります。

特定の機関での慣行は高いレベルでの学生の取り組みにつながるということがわかっています。学生の取り組みをより完全な形において促進できうる機関、さまざまな活動に学生を巻き込んでいくことができる機関の方が、質の高い教育を施すことができるということが、比較をしてみるとわかります。したがって大学の質を評価することの意味合いはここで明確に出てきます。

学生の参加、取り組みを言う場合には二つの要素から成り立っています。まず第一にどれほどまでに学生自身が教育的意味ある活動に参加しているかという程度と、二つ目に、どれほど機関自身が学生がこれらの活動に参加するように促しているかというfacultyの側の問題です。学生の参加、取り組みは一般的には学習、個人的な発達のより良い予測因子とされています。そこでの前提は、自明のことかもしれませんが、学生がより多くの時間を特定の分野に費やし、勉強すればするほどそれに対して学ぶことができるだろうということです。それと同様に学生がより多く演習し、それに対してwriting 、分析であれ、問題解決であれ、より多くのフィードバックを得ることができれば、もっとスキルも上がっていくということです。即ち参加する、積極的に取り組むという行動そのものがスキルを身につける基礎になるわけであり、そして大学卒業後の生産的な満足いく人生にとっても必要なスキルを、その場で身につけることにもつながります。したがって、学生が積極的に教育的に生産的な活動に大学在学中に従事すること、それは彼らが卒業した後も継続的な学習能力を持ちうる基盤を精神的にもつくるということになります。

そこで次にNSSEの成果をどう使っていくかに話を移したいと思います。皆さんの場合にもキャンパスライフ調査を行っておられると思いますが、ここで学生調査の結果の質というのは、その報告書、わかったことが、すぐどれだけ使えるかによって決まると思います。NSSE自身はユーザーフレンドリーな手段を提供すると同時に、また頻繁にこのようなレポートを全機関の参加者に提供することができるということを誇りに思っています。統計的な有意水準であるとか、あるいは影響量についてもきっちり提供いたしますし、それを用いて機関は完全なデータファイルを受け取ることによって、自分自身でも分析を進めることかできると同時に他の機関のデータとNSSEのデータをリンクして使うこともできます。

ここでは機関データが我々の優先順位が一番高いわけですが、NSSEの基準に則ったAdministration Protocolというものが大学の質の全国像に対して洞察を我々に与えてくれることができます。我々はこの報告におきましては、大学のインパクトリサーチを可能にする、また大学での学生の学習と発達の過程を把握するのに役立つようなデータを提供したいと考えているわけです。たとえば今年の場合には具体的に以下のようなことも報告の中に盛り込んでいきます。たとえば「大学に対して学生が満足しているかどうかを把握する唯一最高の予測因子は、彼らが大学の環境の中でどれだけ自分たちの学業、ニーズに対してサポートを得ることができたかということにおいて把握される」という考え方とか。あるいは「学生対facultyの比率が低い学校の方が、フルタイムのfacultyの数が多く、そして20名を切るような規模のクラスをより多く持つ学校の方が全般的に言うと、NSSEの5つのbench-markすべてにおいて、より高いスコアが出ていること」。Aの成績をもらった学生の75%以上が成功することに対して高い動機付けを競っているのに比べて、Cの学生の場合はそれが半分程度になっていることが具体的な成果として出せる内容です。

優れた教育面での実践例を重要視していくことによって、facultyも、staffも学生もその他の人たちも好ましい学生にとっての学習成果を生み出す、より高く生み出していくために必要な活動はどういうものかということを把握することができるようになります。その目的のためにfaculty、administratorの人たちはカリキュラムを組み、また他の意味での大学での経験を用意していくわけです。それによって学生はもっと努力し、より多くの論文を書くとか、より多くの本を読むとか、あるいは頻繁にfacultyや同僚の学生と話し合いの時間を持つとかをできるようになる。それによって批判的な思考、問題解決能力、効果的なコミュニケーション、責任ある市民とはどういうものかということについて考える点で、より大きな成果を生むことができます。

NSSEの良いところは、そこで出てくる結果によって「学生の学習成果の高いものを生み出すためには何が必要なのか」という洞察力を与えてくれるということです。NSSEはfaculty 、機関に対して好ましい成果を生み出すべく、プロセスが何であるかを示してくれるわけです。たとえばどれだけ1年目の学生にwritingをさせるべきかということが、即フィードバックとして出てくる。その結果、出てきたものをすぐ行動に移すことができるということが、良いところです。faculty は初年次のwritingに関しては学生に中程度の長さのペーパーを書かせようとかを考えることができるようになります。

全米各地の大学は、こういう学生の参加、取り組みに関する調査結果を利用して自らの改善を図っていきます。facultyもstaffもこのデータを使って、どれほど学生が自分たちが取り組んでいる学業をチャレンジとしてとらえているかを把握すると同時に、また学生たちがどれほどの頻度でfacultyや、いろんな違う分野の学生たちとも連絡をとりあい、話をしているか。クラスの中、外の学習活動でどれだけのコミュニケーションをとっているかということを把握することができます。またNSSEは学生たちが機関の学問、社会的な環境をどのように見ているかを知った上で、彼らに必要なアドバイスをしていくことができます。

学生調査についてこれまでレビューしてきましたが、もう一度、accountabilityという点からものごとを考えるために「IR」というトピックにもう一度戻って話をしてみたいと思います。アメリカにおけるaccountabilityの運動は、大学における学生調査を普及していく原動力となりました。しかしそれと同時にまた機関の中で行われるresearchの役割も、それによって拡大したと言えます。必要な情報を内外の要請にしたがって提供していくという要求に対応するためのresearchの役割です。こういう要求がIRの役割と重要性を高めるに至りました。

アメリカではIRは約50年ほど前に正式に認められる機能として出現しました。そしてこれは高等教育の急速な拡大期、第2次世界大戦終了後の急速な拡大期に中心に見られた動きでありました。このセクターが増大するにつれてfaculty、大学の管理部門のリーダーたちは大学自身の機能とパフォーマンスに対してより公の意味でのaccountabilityを求められるようになりました。ということは、かなりデータシステムに相当量の投資をしなければいけないことも意味しましたし、それを使って幅広い分析をしていくことも求められました。そこで一連の新たな人員が生まれて、必要な要求を満たしていく役割が出てきたということです。こういう人たちが全米各地の高等教育機関においてIRのオフィスをつくり、そしてそこに納まって役割を果していくようになったわけです。

IRの活動は機関の機能のあらゆる側面を網羅しています。IRオフィスのほとんどでは資料を作成したり内部的なプログラムのレビューを行ったり、連邦、州、その他の機関に対するデータの報告をしたり、assessment活動やパフォーマンス活動を行っております。IRオフィスはまたfacultyの活動、その生産性、給与の分析なども重要視しています。IRオフィスの多くの活動は確かに新入生のenrollmentの管理に関連したものであります。学生のリクルートとか入学予測、財政支援の状況、教務面での準備、学生の卒業に関する調査等を扱っております。IRの多くの活動は確かにルーティン的なもので新入生関連のデータの報告、facultyの活動などについて機関にデータを提供していくことにあるわけですが、しかしながらIRのresearcherに対する機会は外部の政治的な環境の変化とともに変わってきていると言えるわけです。したがって彼らに課される役割もますます大きくなりつつあります。

Fred VolkweinというIRの分野でのリーダー的な存在の人がいますが、彼はIRの目的とするものを4つのタイプ分けにして説明しています。ここでは内部、外部のオーディエンスを区別すると同時に、教務と事務の役割を分けております。(図1)

まずVolkweinは一つ、ここで警告していますが、これほどまでに明確に区別がはっきりしているわけではない場合もある。境界線が曖昧になってきているというイメージの方が正しいのではないかと言っています。

まずセル1。概ね事務、管理目的のために情報を提供するところに重点がおかれています。ここで必要とされるのは情報の収集、分析という専門能力になります。適当な形での報告の提示になります。機関自身に対して自らについてどういうものであるかという情報を与える。これは形成的な意味合いも持てば総括的な意味合いも持ちます。

セル2。ここではもっと幅広い能力が包含されています。セル1で要求された技術的な専門知識に加えて、ここでは新たな情報の生成が重点としておかれています。ある基準に対して自らを評価する。これは同等の機関に対してのbench-markingがその事例になります。それと同時にまた一つ可能性としては政策的なオプションを提示することもこの中に含まれるでしょう。

セル3。ここでは外部のAudienceに対しての機関の提示に重点がおかれます。この分野でのIRは時にはspin doctoringという表現を使いますが、evidenceを用いて機関に対して好ましい絵を描いて外に出すというやり方が求められます。ここでかかわるIRのresearcherに必要なのは技術的な専門知識に加えてポリシー、政策面での意識になります。その中で報告書を作成することになります。ここでは機関の予算、計画、外部機関向けのデータの作成などが対象となるでしょう。ここで言う外部組織は助成機関も含まれます。アメリカでいうIPEDS(Integrated Postsecondary DataSet)のような標準的な報告の戦略をも対象になります。

セル4。ここではより幅広い大学コミュニティが重点となります。特定の機関の域をこえて研究のスタンダードにとっての必要要件を満たすような活動となるわけです。それの受け手として教育研究者のAudienceとなります。ここで主たる関心事は総括的な評価の成果ですが、しかしそうはいってもこれを機関自身のより良い機能のためにフィードバックすることもありえます。

大学はこのVolkweinのモデルにしたがった機能をこれから果たしていかなければいけないわけですが、しかしすべての機関がIRのオフィスを設置しているわけでもありません。大学でIRのオフィスを設置できるところに関しては機関にメリットのあるような活動を見つけてやっていくことにもなりますが、そうできないところもあります。しかし特定のIRの専門家を持つということ、それによって連邦への報告、その他必要な機関への報告要件を満たしうるような人材を抱えることはメリットであります。IRの専門家は機関がcost benefitの分析をする際にも手助けをすることができますし、いろいろなカリキュラムや機関自身の構造を考えていくために手助けすることもできます。多くのIRオフィスはその能力を発揮し、学生の経験もより質の高いものに改善していく意味で役立つ存在となっています。たとえばIRオフィスは学生の進捗状況をトラッキングし、入学時点から卒業まで、それを越えて卒業後まで追っていきながら学生の学習成果という観点からどういうところが弱かったのかということについて把握していくことができます。その情報をさらに使って質の強化のために用いることができるわけです。そしてその活動の結果として、機関は自分たちがやっていることに今一度焦点をあて直し、どうすればもっと効率的、効果的にやっていくことができるかということで改善点を考えることができます。

assessmentにより大きな焦点があたるようになっているので、IRのresearcherは成果に対しての説明責任を担うという意味で、より大きな役割を果たすようになっています。キャンパス・プランニングや機関の改善のための取り組み、目に見える効果を打ち出すために何をしなければいけないかという意味で、彼らの活動は大きなものになってきています。IRの道具箱で最も重要な道具となっているのが調査となります。調査研究はIRの中でも最もよく使われている活動の一つです。

もう一度NSSEの話になりますが、IRの専門家たちはまず機関の第一のコンタクト先になる人たちです。IRstaffは典型的には大学にとって必要とされるデータ、ニーズを管理していくという立場にあり、また調査データを評価するプロセスの担当を担っています。Institutional Planningとか、調査の執行に関して必要なサイクルを決めていくのも彼らになります。しかしIRの専門家たちは自分たちだけで仕事をしているわけではなく、より一番効果的なやり方は、他の機関の人たちとともに協力してやっていくという手法です。

IRのディレクターが通常は内部、外部に対するデータの普及の責任を担っています。この活動はキャンパスリーダーの関与なく、行われるわけではなく、他のグループも調査データには聴取しているわけですから、その人たちとの協力のもとで活動していくわけです。さらに特定のassessmentにおいては固有の限界があると思いますが、大学は誰がその評価の結果を受け取るべきなのか。その機関がいかにして調査結果をパッケージ化して普及していくかということ、外部のオーディエンスにどのように伝えていくかということに関して、常に関心を持って取り組んでいます。ほとんどこういう手段を通じて得たデータは機関自身の所有物という位置づけになります。したがって、administrator、faculty 、機関のstaffはその情報のパッケージのされ方、提示のされ方に対してコントロール権を持つことになります。IRの専門家たちはこれらの結果がキャンパスの内部で徹底的に吟味され、適当に解釈された上で、報告書という形で正確に提示されることを確実に行うために重要な役割を担っています。

学生調査は学部教育の質を上げていくために重要な役割を果たしていると言えます。そしてより多くの州、大学システムが機関の効果をbench-markingするための共通のassessmentのための調査を使い始めています。そのようなトレンドがありますので、全国レベルの評価の結果の使用と管理の仕方が将来にわたってますます複雑化してくる可能性もあります。短期的に言いますと、これらの手段はキャンパスレベルでのaccountabilityの情報としては価値あるソースを提供すると同時に、大学の理事会とか一般市民、その認定機関向けの情報としては重要な位置づけにあることは間違いありません。長い目で見た場合、こういう種類のassessmentの使用というのは内部の計画、改善のために考えるならば外部に対するaccountabilityを一番良い形でサポートする手段となると思います。大学は自分たちのプログラムやサービスを積極的に評価していきながら、その情報を使って自らのプログラムやサービスを改善していく、それを活用することによって自分たちが機関として効果を上げているのだということを主張するサポート材料として多くのevidenceを得ることができると考えます。

結論として申し上げますが、アメリカは現在、政策面での話の中でも高等教育におけるpublic accountabilityというものが重要視される時代に入っております。そこで州の財政難が続く中で、その状況のもとでは財政難が目に見える将来、続いていくだろうという状況のもとで考えますと、ますます投資収益率を証拠をあげながら示していかなければいけない時代に入っているわけです。どのような手段であれ、高等教育のパフォーマンスを適切にトラッキングできる手段があれば、それを活用していくということが大学の立場であり、そしてできうる限りのツールを使いながら、学生調査という手法も使いながらそれを確認していくとことになるかと思います。現在の公共政策の環境を考えてみますと、どうしても学生の学業の成績を計る上で直接的な尺度が要求される傾向にあります。連邦政府も地方の認定機関にはっきり要求しているように「学生自身による学習について彼らが自ら証言するということは長い目で見た場合、学生が何を学んだかという直接的な尺度にとって代わるものではない」と連邦政府は言っております。しかし現状はどうかと言いますと、これらの調査は時間的にも、コスト的にも効率が高く、学生の学習を計る直接的な評価尺度に比べますと、明らかに安くできる。インターネットベースなどの技術も幅広く使えるようになっている中で学生調査はこれからも引き続き、IR、アウトカムassessmentの世界ではより大きな地盤を築きなから広がっていくことは間違いないと考えております。

本日は私の話を聴いていただきまして本当にありがとうございました。皆様に我々がやっていることについてお話できる機会をいただいたことをとてもうれしく思います。私の話に対して皆様のご意見、ご質問をお受けすることを楽しみにしております。ご静聴ありがとうございました。
山田 どうもありがとうございました。本日のお話は日本でもaccountabilityという問題が浮上してきているこの状況の中で、大変示唆になる点があったかと思います。